目次
俺ではない炎上の根幹:叙述トリック
「俺ではない炎上」は時系列が混ぜ込まれた叙述トリックが使われています。
山縣夏実とえばたんが登場するパートだけは十年前の話になっていて、住吉初羽馬のパートに出てくるサクラ(んぼ)の正体が、実は山縣夏実であるというオチ。
また、事件の真相としては山縣夏美パートに登場した江波戸拓哉(えばたん)が真犯人です。
俺ではない炎上 時系列
10年前の時系列
- 夏実、友人たちと秘密基地「からにえなくさ」で遊ぶ
- 夏実がネット掲示板で男性と公園で会う約束をする
- その男性は待ち合わせ場所に現れず
- 夏実がその男性とやり取りするためにWi-fiを探す姿を、えばたんの祖父が目撃する。夏実は「からにえなくさ」のメモを落とし、慌ててスターポート行きのバスに乗り込む
- 夏実が会おうとしていた相手が、女子小学生に性的暴行を加えていたロリコンであることが、警察から泰介に伝えられる
- 泰介は夏実を一晩中倉庫に閉じ込める
- 泰介が小学校に乗り込み、職員室で大騒ぎを起こす
- 泰介が学校に乗り込んだことや夏実がレイプされたかもしれないということがクラスで噂され、夏実が早退する。
- 夏実が「たいすけ@taisuke0701」のアカウントを開設する(泰介のゴルフ仲間を探すため)
- えばたんが夏実を誘って、犯人(ロリコン)探しの旅に出る
- スターポートで、大学生から『翡翠の雷霆』の正義のバッチを受け取る
- からにえなくさにて、夏実は泰介から受けた仕打ちについて、えばたんに話す
- えばたんが泰介に怒りの感情を伝えようとするが、上手く伝えられず。「セザキハルヤ」と名乗る
現在の時系列
- 江波戸が「たいすけ@taisuke0701」アカウントを乗っ取る
- 江波戸が女性を殺害する
- 江波戸がたいすけアカウントで「血の海地獄」のツイートをする
- 16日午前9時、住吉初羽馬が「血の海地獄」を引用リツイートして、急速に拡散する
- 山縣泰介が犯人だとネットで騒がれる
- 泰介が出社するも自宅待機に。セザキハルヤから会社宛に送られた封書を見つける
- 公園で女性の死体が見つかる
- 自宅の倉庫で2人目の女性の死体が見つかる。泰介逃走開始
- 刑事は芙由子の実家で聞き取りを行う(この時点では夏実も家にいる)
- 山縣泰介、スナックで一夜を明かす
- 初羽馬とサクラ(夏実)が泰介の捜索を開始する。初羽馬はスターポートの展望エリアで『翡翠の雷霆』バッジをつけた江波戸を目撃する
- 泰介、シーケンのショールームに移動。青江の助けもあり、封書の記された座標(=からにえなくさ)に向かう
- サクラ、ショールームに残された封書から、犯人が江波戸だと気づく。
- からにえなくさにて、追いつめられた泰介が自害しようとするも、夏実に助られる
- スターポートの駐車場にて、初羽馬・泰介・サクラが江波戸を取り押さえる
- 警察の調べにより、江波戸が真犯人であることが判明する
俺ではない炎上 主な登場人物
山縣 泰介(やまがた たいすけ)
本作主人公、54歳。大手ハウスメーカー営業部長。誕生日は7月1日。
趣味はゴルフ。座右の銘は「ゴルフは孤独だからこそ面白い」。
インターネットの知識が疎く、Twitterを使用した経験なし。
無実の罪(殺人罪)を着せられて逃走する。
山縣 夏実
泰介の娘、大学生2年生。住吉初羽馬と行動するときは「サクラ」と名乗る。
※サクランボは山形名産の夏の果実であるため
10年前に、山縣泰介のゴルフ仲間を探す目的で「たいすけ@taisuke0701」のTwitterアカウントを開設。
そのアカウントが悪用され、父・泰介が犯人扱いされていたことから、父を助けるために住吉初羽馬と行動を共にする。
住吉を選んだ理由のひとつは、夏実の本名を知らなそうだから。
住吉 初羽馬(すみよし しょうま)
大学三年生。社会問題について議論するサークル「PAS」のリーダー。
Twitterのフォロワーは千人程度。「血の海地獄」のツイートを初羽馬が引用リツイートしたことで、当該ツイートが拡散され、山縣泰介が追いつめられるきっかけを作った。
夏実(サクラ)と行動を共にして、泰介を捜索した。
江波戸 琢哉(えばと たくや)
夏実の小学五年生の時のクラスメイト。あだ名は「えばたん」。
現在は工務店勤務。身長は158センチと小柄。
10年前、夏実がロリコン男性と会おうとしていた事件の犯人を捜索。また、泰介が夏実を一晩躾として倉庫に閉じ込めたことに憤りを感じたが、泰介に対して何も言えないことに悔しさを感じていた。
悪質な援助交際をしていた女性三名を殺害し、泰介に罪をなすりつけた。
俺ではない炎上 犯人・黒幕の正体と動機
真犯人の正体
真犯人は 江波戸琢哉(えばたん)。夏実の小学校時代の同級生であり、現在は工務店に勤務している青年です。
- 幼少期に泰介が夏実を倉庫に閉じ込めた「躾」を目撃し、怒りと無力感を抱え続けていました。
- そのトラウマが歪んだ復讐心に変わり、成長後に女性3人を殺害。犯行を父・山縣泰介になすりつけるため、SNSアカウント「たいすけ@taisuke0701」を悪用しました。
犯行の動機
- 個人的復讐心:夏実を守れなかった自分の無力さを父・泰介に投影し、強い怒りを抱いていた。
- 歪んだ正義感:援助交際をしていた女性を「悪」と見なし、自分の手で断罪するという独善的な思想に取り憑かれていた。
えばたんに殺害された女性は、通常の売春よりさらに悪質な手口だった。過去にネット掲示板に個人名が流出してしまったことで
犯行の順番・手口
- 援助交際をしていた女性3人を殺害。殺害方法は絞殺。
- 篠田美紗:公園公衆トイレで発見
- 石川恵:山縣家倉庫で発見。死亡したのは篠田より先
- 砂倉紗枝:からにえなくさで発見
- 死体の写真をSNSに投稿し、泰介が犯人であるかのように偽装。(雑学botでリツイート)
- アカウント名「たいすけ」を利用し、ネット世論を誘導。炎上によって泰介を追い詰めた。
なぜ山縣泰介は真犯人だと疑われたのか?
[血の海地獄]のツイートをした「たいすけ@taisuke0701のアカウント」が過去に投稿していた内容から。- アカウントの末尾についている数字0701と山縣泰介の誕生日7月1日が一致したこと
- 殺人現場である万葉町第二公園の近くに山縣泰介の自宅があること
- 投稿されたゴルフバッグの写真に、山縣泰介が勤めている大帝ハウスのキーホルダーが映っていたこと
- 投稿された写真の庭とストリートビューで見つかった『山縣』表札の庭が一致していたこと
山縣泰介が警察に疑われた理由
被害者がマッチングアプリで「たいすけ」という人物とやり取りをしており、そのアカウントは「山縣泰介」のマイナンバーカードで身分証明を行っていたこと。
マイナンバーカードを入手するためには山縣泰介の家の中に侵入する必要があること
→ 自宅の予備の鍵が、玄関脇に置いてある鉢植えの奥にあるダイヤル式の箱に入っている。鍵の番号は、小学生の夏実がえばたんに伝えていた。
ツイートの送信元である自宅のWi-fiルーターのパスワードを知る必要があること
→ 大部分のツイートは夏実が行っていたので、Wi-fiルーターのパスワードを知っていて当然である
泰介の自宅で発見された遺体の後頭部についていた靴跡が山縣泰介の革靴と一定していたこと
警察の六浦が山縣泰介以外の犯人を想定していた理由は?
警察の堀健比古が山縣泰介を真犯人だと断定して捜査していたのに対し、六浦だけは他の犯人の可能性を模索し続けていました。
『たいすけ』アカウントのツイートの送信元がすべて山縣泰介の自宅のWi-fiルーターからだったこと。
→ 通常であれば、自宅以外の場所からも送信されているはず。
『たいすけ』アカウントの全ての投稿が、スマートフォンからではなくAndroid搭載のウォークマンからだったこと
→山縣泰介はスマートフォンを所持しており、わざわざウォークマンでツイートする必要がない
警察が江波戸を真犯人だと断定した理由
- 泰介の自宅倉庫で発見された女性遺体が入れられていたビニール袋の指紋と江波戸の指紋が一致したこと
- 女性はいずれも絞殺されていたが、ロープの入射角から犯人が150~160センチだと推定されていたこと(江波戸は158センチ)
- 江波戸が「血の池地獄」を25番目にリツイートした雑学botの持ち主だったこと
- 山縣泰介の職場に送られた封書の文面が、江波戸のスマートフォンのメモアプリから発見されたこと
- からにえなくさ付近に設置されていた防犯カメラに何度か江波戸の姿が映っていたこと
泰介に謎の封書と送った人物セザキハルヤとは?
山縣泰介さま
事態はあなたが想像している以上に切迫しています。
誰も信用してはいけない。誰もあなたの味方ではない。
唯一助かる可能性があるとすれば、選ぶべき道は一つだけ。
逃げる、逃げ続ける。それだけです。
どうしても辛くなったら「36.361947, 140.465187」
セザキ ハルヤ
この封書を送ったのは真犯人の江波戸。泰介に自害を迫るために送ったもの。
文章内の数字はからにえなくさの場所(緯度,経度)を示している。
セザキハルヤは少年漫画「翡翠の雷霆」の主人公。正義を信じてひたすらまっすぐに進み続ける人物。
決め台詞は「どんなことがあっても俺は君を肯定する」「私は私の信念を貫く」
「からにえなくさ」の場所と意味
文字どうりのゴミ掃除完了。一人目のときもちゃんと写真撮っとけばよかった。『からにえくさ』に持ってくかどうかはまだ考え中。
真犯人がツイートした謎の言葉『からにえくさ』
正式名称は順葉緑地。近隣の人間が「丘」と呼んでいる、味気のない野山。
個人経営の牧場があったが経営破綻して放置されていた三軒の家屋があり、その真ん中の家が「からにえなくさ」
夏実が小学生の頃に友人と秘密基地として活用していた。
家の前には古びた看板がある。書かれていた文字は以下の通り。
ここから先、私有地につき立ち入り禁止
※動物にエサを与えないでください
そのほとんど掠れており、正確に判読できる文字はたったの7文字だった。
からにエなくさ
山縣夏実が10年前に受けたこと
小学生の夏実がネットの掲示板で、ある男性と会う約束を取り付けた。
しかし、その男性は複数の女子小学生に性的暴行を働いていたことが発覚。警察に追われる身となっており、夏実との待ち合わせ場所に現れなかった。
警察から事情を聴いた山縣泰介は、夏実を庭の倉庫に一晩中閉じ込めた。
その後、泰介が小学校にクレームをつけに乗り込み、騒ぎを起こした。
父の騒動について教えられた夏実は、金縛りに遭ったように職員室のパイプ椅子から動けなくなった。
序盤のこちらの文は、泰介が殺人犯として疑われている事件ではなく、泰介がクレームに乗り込んできたことを指す。
初羽馬がサクラを真犯人だと勘違いしていた理由
サクラが包丁を所持していたこと
→ 護身用には不向きであり、山縣泰介の殺害を試みていると考えた。
サクラが所持していた「血の海地獄」のスクリーンショット画像に、アカウント所有者しか表示されないはずのツイートアクティビティのアイコンがついていたこと
→ サクラはアカウントの開設者(=所有者)であり、アカウントを乗っ取られただけなので、ツイートアクティビティが見れて当然である。
サクラが山縣泰介の情報に妙に詳しかったこと
→ 泰介の勤務先である大帝ハウスと取引のあるシーケンLIVEのショールームの存在を知っていた
悪質な売春行為でネットに名前がさらされてしまった人物が「砂倉紗英」で(サクラ)と読めること。
青江が山縣泰介を犯人ではないと考えた理由
山縣泰介が絶対に許さない日本語表現を、犯人のアカウントがツイートしていたから。
食欲減衰。しばらくご飯は食べられないなこれは
ら抜き言葉
石けんで手を洗ったんだが、全然まだ臭い
全然を肯定文で使っている
文字どうりのゴミ掃除完了
文字どうりではなく、正しくは文字通り
やっぱり悪くない人が理不尽な目に遭っているのを見るのは気分が悪いんですよ。『正義の心』というのが、私の中にもあるということでしょうね。(青江)
叙述トリックとしてやや無理がある点
娘は塾に通わせているので、塾にいる時間です。
泰介の妻・芙由子が、娘・夏実が塾に通っていると警察に証言している。塾と言えば小・中・高のいずれかを想像することが普通。資格試験のためとはいえ、大学生の夏実が塾に通っているのはやや違和感。
山縣泰介には小学生の娘がいるって情報がどっかで出てたけど、本人の年齢考えたらあり得ないような気がする。
山縣泰介の年齢は54歳。10年前の夏実は小学5年生で10~11歳。妻・芙由子の年齢は不明だが、十分にあり得るはず。
このままだとほんの小さな子供の手によって、山縣泰介が殺されてしまう
サクラ(夏実)はシーケンのコンテナハウスに残された封書(えばたんが泰介に送ったもの)を読んで、犯人が江端だと確信する。しかしこの時点では江端は大学生。ほんの小さな子供の表現するのは無理がある。
俺ではない炎上 テーマ・メッセージ考察
「俺ではない炎上」という小説は、SNS時代の闇と人間の心理を描いた現代的なサスペンスであり、そのテーマとメッセージ性は多層的に仕込まれています。
1. 炎上の連鎖と「無実の人」
タイトルにもあるように、山縣泰介は「俺ではない」のに炎上し、社会的に葬られかけます。
これは 現代のSNSにおける“断罪文化”の恐ろしさ を象徴しています。
- 根拠の薄い情報でも、「特定班」や大衆の確信が一気に人を追い詰める。
- 無実を訴えても「言い訳だ」と切り捨てられる。
- ネット炎上は一度広まれば止まらず、対象者の社会的立場を瞬時に崩壊させる。
➡ テーマ①:炎上は真実ではなく“空気”によって人を裁く。
2. 無自覚な加担者の罪
主人公・初羽馬は正義感や好奇心からリツイートし、炎上の火種を広げました。
彼は「犯人」ではありませんが、結果的に無実の人を追い詰める加害者の一人になってしまいます。
- 軽い気持ちの拡散が取り返しのつかない結果を生む。
- 善意や正義感であっても、拡散の力学は人を殺しかねない。
➡ テーマ②:傍観者や“ちょっとしたクリック”も炎上の加担者になる。
3. サクラの存在が示す「悪意の個人」
真犯人・サクラは炎上を利用して罪をなすりつけました。
これは 個人の悪意がSNSの仕組みと結びつくことで、どれほど巨大な破壊力を持つか を象徴しています。
- 一人の計画的な犯罪者が、無数の「善意の拡散者」を道具として利用できる。
- ネット社会では、加害者と傍観者の境界が曖昧になる。
➡ テーマ③:SNSは悪意の“増幅装置”になる。
4. 「俺ではない」という叫びの虚しさ
なぜ。なぜってそれは――俺はまったくもって悪くないのだから。(山縣泰介)
僕は何一つ、悪いことをしていないのに。(初羽馬)
山縣泰介は無実ですが、「俺ではない」と叫んでも信じてもらえません。
この構図は、SNS時代における「疑われたら最後」の理不尽を表しています。
- “無実の証明”は難しい。
- 疑いをかけられた人は説明の場すら奪われる。
- 「事実よりも先に炎上が真実になる」という逆転現象。
➡ テーマ④:現代社会では“潔白”よりも“炎上の物語”が勝つ。
5. 作品全体のメッセージ性
まとめると、この小説が投げかけるメッセージは以下です。
- 炎上は真実を映さない ― ネットの断罪は事実確認ではなく「空気」で動く。
- 無実の人も簡単に犠牲になる ― 替え玉にされた山縣がその象徴。
- 軽率な拡散は加担行為になる ― 主人公のリツイートが悲劇を広げた。
- SNSは悪意を増幅する ― サクラの犯罪は拡散者によって成立した。
最終的に、この物語は「ネット社会の恐怖」と「炎上文化の危うさ」を描きつつ、読者に “自分も炎上の加害者になり得る” という不気味な警告を突きつけています。
✅ まとめると
「俺ではない炎上」は、単なるサスペンスではなく、
- SNS社会の「正義」と「暴力」の表裏
- 無実の人間が犠牲になる理不尽さ
- そして読者自身の責任への問いかけ
泰介のものと符合しない