【感想】すべての教育は「洗脳」である|学びとは没頭

「洗脳」という言葉に強い抵抗を感じる人は多いです。

洗脳とは強制的に思想を変えさせること。

私たちの誰もが「洗脳」されたくないと考えていますが、無意識の内に頭に刷り込まれていることはたくさんあります。

例えば、1日3食ご飯を食べることや、貯金をすることは当たり前だと思っていますが、これも一種の「洗脳」です。

そんな洗脳のひとつが「学校」です。

学校教育はもちろん良いところもたくさんありますが、本書では「学校=没頭の機会を奪う場」と紹介しています。

今の日本では、子供が学校に行かない選択肢はほとんどありません。

それでも「学校に行かない道を選択できる」社会がいずれ訪れると思います。

なぜホリエモンは学校教育を否定するのか?

ポイントをかんたんにまとめました。

本書の要約

学校は「国民」と「労働者」を育てるための機関。

ホリエモンが考える学びとは「没頭」すること。

学校はいちばん大切な「没頭」の機会を奪う場として存続し続けている。

没頭する力を奪われた人々は、自らにブレーキをかけ、行動力を失い、やがて好奇心さえ失っていく。

無自覚のブレーキ

日本には「我慢強い人」を褒め称える文化がある。その原因が「学校」

やりたいことを我慢し、自分にブレーキをかけ、自分の可能性に蓋をすることを推奨する恐ろしい洗脳が、白昼堂々なされているのが今の学校。

やりたい、動き出したい気持ちはある。右足はなんとなくアクセルペダルを踏んでいる。でも同時に、左足でブレーキペダルをベタ踏みしている。

しかし、そのことに気づけない。それは「我慢が習慣化している」から。

学校教育が作り出すのは、こうした無自覚の習慣に他ならない。

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幸福の指標

はっきり言おう。もう「学校」は必要ない。

これからの時代に重要なのは「やりたいこと」のためにどれだけ本気になれるか

支持や共感を得られるのは、心からやりたいことをやっている人だけ。

今を生きる人たちが向き合うべき課題は、「いかにいい大学に入るか」ではなく、「いかに自分だけの幸福を見つけ、追求するか」

学びとは「没頭」である

僕が言う「学び」とは、没頭のことだ。

脇目もふらずに没頭し、がむしゃらに取り組める体験のすべてが「学び」

学校という集団教育の場は、没頭を否定し、天才を否定し、オールBの常識を植え付けていく洗脳機関。

学校はどんな手段を使ってその洗脳を行い、すべての子どもをただの凡才に仕立てあげようとするのか。

「禁止」である。

禁止のルールを十分に身につけた子どもたちは、大人になってからも自分で自分にブレーキをかけ続けてしまう。

没頭は「天才の特権」ではない

没頭する力は人間に標準的に備わっているものであって、枯渇したりはしない。

人は、「没頭が約束されたもの」に取り組んだ時に没頭に至るわけではない。

目の前のことにとことん取り組み、ふと我を忘れた瞬間がやってきた時に初めて、自分がそれに没頭していたことを発見する。

つまり、没頭を体験したいのであれば、何でもいいからとことんやってみればいい。

自分でルールを決めれば没頭できる

自分を没頭まで追い込むための最良の方法は「自分で決めたルールで動く」こと。

自分でプランを立て、自分のやり方でそれを遂行する。それでこそ工夫の喜びや、達成感が湧いてくる。

「与えられたルール」ではなく、「自分でやると決めたこと」をする時、人は「楽しい」と感じる。

逆算をせずハマり倒せ

没頭したものが仕事につながるかどうかは気にしなくていい。

好きならとにかくハマれ!

むしろ、逆算をすればするほど、人の可能性は狭まっていくと思っている。

100点というゴールを設定してそれに向かって進んでも100点までしかいけない。

無我夢中で取り組んでいくと200点、300点の可能性が生まれる。

自分の価値を上げるために

あなたの価値を最大化するのは「どれだけ我慢したか」ではなく「どれだけ自ら決断をしたか」

自分の「これが好きだ」「これがしたい」という感覚を信じ、それに従って下した判断を誰のせいにもせず生きる。

そして、価値のゆらぎを恐れてはならない。むしろ変化するのは正常だ。

毎日、瞬間ごとに自分の判断を更新していくべきなのだ。

その覚悟があれば、未来予測など不要だ。あなたは、「今」の自分を信じればいいのである。

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すべての教育は洗脳である 感想

ホリエモンは本書の中で学校教育を強く否定しています。

私はこの意見に反対です。

「学校」は選択肢のひとつ。

ホリエモンのように没頭することに生きがいを感じる人もいれば、誰かに頼られたり誰かを助けるすることに生きがいを感じる人もいます。

学校に通って、いい大学を出て、大企業に入ることを美徳とする人もいます。

それで幸せなのであれば、それを否定する必要はありません。

問題は嫌々学校に通って、嫌々会社で働く人です。

どんなに学業の成績が優秀で、どんなに仕事ができても、「我慢」に強い抵抗がある人に学校教育は適していません。

「すべての教育は洗脳である」は我慢ができない人向けに書かれた本です。

本書で書かれているように、学校教育や会社では「禁止」により我慢を憶えさせます。

学校教育は「ダメな人」を「普通の人」もしくは「できる人」にすることには適していますが、一部の「天才」をさらに伸ばすことには長けていません。

これは日本社会において大きな損失です。

社会に出てからほとんど役に立たない受験勉強に多大な時間を費やすより、「没頭」できるものにとことん向き合える教育機関があると良いですよね。

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